観察室での一夜
九州の実家の父が緊急入院した。上部消化管穿孔、要するに、胃に穴があいて腹膜炎を起こしたのだ。発症後12時間以上経過しており危険な状態で、3人の医師で4時間かかる大手術だったが、なんとか命はとりとめた。
ICUに2日いて、観察室に移ったその日に、トラブルが続発した。戦争中を思い出すのか、「あの中尉、ぶっ殺してやる!」とか、「鉄砲もってこい!」とかの不穏な発言を繰り返す(実際には、士官学校在学中に終戦を迎えているのだが)。看護士や医師の手当を動く限りの体で振り払う、一人になると鼻やのど、身体についているチューブを引き抜こうとする、などと問題行動の山となり、ついに、翌早朝、家族が電話で呼ばれた。
「24時間、ご家族で介護してください。病院では手に負えません」
二人の娘は東京からかけつけてはいたが、数日で戻らないといけない。病気持ちの74歳の母だけで、この2週間、24時間はりつくのは無茶だ。
とはいえ、医師からの指示には従わざると得ない。その日から、交代制になった。ほぼ12〜14時間ごとに、私が夜、姉が日中、病院に詰める。母はその交代時間前後を付き添う。
姉がつきそった最初の日中はかなりひどかったようだが、私がいた夜の時間は、鎮静剤が効いたのか、意外に静かだった。一回だけ、首につけられた点滴の管を取り替えようとしたら、「何をする!」と怒鳴って手を振り払おうとした。
「点滴が終わったから、これを換えるだけだからね、ちょっと我慢してね」と何度か説明すると、納得したようだった。どうやら、夢うつつの状態で、身体に何かをされて痛かったのがトラウマになっているらしい。「ごめんね、次からはちゃんと起こしてから、やっていいかどうか、聞くからね」というと、やっと安心したようだった。それ以降は、まったく別人のように紳士的になった。もう手を挙げることも暴言もなくなっていったのだ。
救急車で運ばれて、大手術をして、ICUで痛い人工呼吸器やたくさんのチューブをのどや鼻に押し込まれて、手足を拘束されて、数日間過ごしたのだ。ほんのわずかの手当に対しても、また次に痛い思いをするのではないかと、暴れたくなるのも無理はないかもしれない。こんなときこそ、「自己決定」が大切なのだと、実感を持って理解できた。納得して、自分で選択した内容であれば、きちんと受け入れられるものなのだろう。
ほとんど廊下そのものの観察室で、ストレッチャーに寝るという経験はなかなか得がたいものだった。どのみち、看護士さんは30分に一回見に来るのでなかなか熟睡はできない。父は15分おきにうめいて体位交換が必要だ。同じ観察室の患者さんも、夜中に大騒ぎをしたりするし、深夜に事故で運ばれたらしい若い女性は痛い痛いと泣き叫んでいる。
その中で、看護士さんたちは、実に冷静に、的確に、物事を処理し続ける。なり続けるナースコールに優しく対応し、ぐずる患者を笑顔できっぱりとなだめさとし、あちこちの点滴をとりかえ、急患にも対処し、と、たった3人で、一晩中かけまわる。本当に頭が下がった。
最初は、え〜、こんなとこに、私毎晩泊まるの???と、あせったけど、実際には行ってみてよかったと思う。何十万お金を積んでも、取材すらさせてくれないことを体験させてもらったような気分だ。もっとも、2晩めには父は完全に大人しくなったので、もういいです、と、途中で帰されてしまい、朝までいられなかったのだが。その後、24時間家族での介護、という要望は、もう病院からは出なかった。多少はほっとしたが、でも世間一般では、これがごくごく当たり前なのであって、どの家庭でも、みな、悪戦苦闘、疲労困憊なのかもしれないと思った。もともとワガママな父が家に戻ってきたら、母は一人で介護を続けられるだろうか?
なんだか、緊急入院に始まるこの5日間で、あまりにもいろんなことを経験したような気がする。まだまだ、私は高齢社会や、病院や、人間の存在というものの現実を、全く知らないのだと、少しだけ理解できた5日間であった。感謝。
ICUに2日いて、観察室に移ったその日に、トラブルが続発した。戦争中を思い出すのか、「あの中尉、ぶっ殺してやる!」とか、「鉄砲もってこい!」とかの不穏な発言を繰り返す(実際には、士官学校在学中に終戦を迎えているのだが)。看護士や医師の手当を動く限りの体で振り払う、一人になると鼻やのど、身体についているチューブを引き抜こうとする、などと問題行動の山となり、ついに、翌早朝、家族が電話で呼ばれた。
「24時間、ご家族で介護してください。病院では手に負えません」
二人の娘は東京からかけつけてはいたが、数日で戻らないといけない。病気持ちの74歳の母だけで、この2週間、24時間はりつくのは無茶だ。
とはいえ、医師からの指示には従わざると得ない。その日から、交代制になった。ほぼ12〜14時間ごとに、私が夜、姉が日中、病院に詰める。母はその交代時間前後を付き添う。
姉がつきそった最初の日中はかなりひどかったようだが、私がいた夜の時間は、鎮静剤が効いたのか、意外に静かだった。一回だけ、首につけられた点滴の管を取り替えようとしたら、「何をする!」と怒鳴って手を振り払おうとした。
「点滴が終わったから、これを換えるだけだからね、ちょっと我慢してね」と何度か説明すると、納得したようだった。どうやら、夢うつつの状態で、身体に何かをされて痛かったのがトラウマになっているらしい。「ごめんね、次からはちゃんと起こしてから、やっていいかどうか、聞くからね」というと、やっと安心したようだった。それ以降は、まったく別人のように紳士的になった。もう手を挙げることも暴言もなくなっていったのだ。
救急車で運ばれて、大手術をして、ICUで痛い人工呼吸器やたくさんのチューブをのどや鼻に押し込まれて、手足を拘束されて、数日間過ごしたのだ。ほんのわずかの手当に対しても、また次に痛い思いをするのではないかと、暴れたくなるのも無理はないかもしれない。こんなときこそ、「自己決定」が大切なのだと、実感を持って理解できた。納得して、自分で選択した内容であれば、きちんと受け入れられるものなのだろう。
ほとんど廊下そのものの観察室で、ストレッチャーに寝るという経験はなかなか得がたいものだった。どのみち、看護士さんは30分に一回見に来るのでなかなか熟睡はできない。父は15分おきにうめいて体位交換が必要だ。同じ観察室の患者さんも、夜中に大騒ぎをしたりするし、深夜に事故で運ばれたらしい若い女性は痛い痛いと泣き叫んでいる。
その中で、看護士さんたちは、実に冷静に、的確に、物事を処理し続ける。なり続けるナースコールに優しく対応し、ぐずる患者を笑顔できっぱりとなだめさとし、あちこちの点滴をとりかえ、急患にも対処し、と、たった3人で、一晩中かけまわる。本当に頭が下がった。
最初は、え〜、こんなとこに、私毎晩泊まるの???と、あせったけど、実際には行ってみてよかったと思う。何十万お金を積んでも、取材すらさせてくれないことを体験させてもらったような気分だ。もっとも、2晩めには父は完全に大人しくなったので、もういいです、と、途中で帰されてしまい、朝までいられなかったのだが。その後、24時間家族での介護、という要望は、もう病院からは出なかった。多少はほっとしたが、でも世間一般では、これがごくごく当たり前なのであって、どの家庭でも、みな、悪戦苦闘、疲労困憊なのかもしれないと思った。もともとワガママな父が家に戻ってきたら、母は一人で介護を続けられるだろうか?
なんだか、緊急入院に始まるこの5日間で、あまりにもいろんなことを経験したような気がする。まだまだ、私は高齢社会や、病院や、人間の存在というものの現実を、全く知らないのだと、少しだけ理解できた5日間であった。感謝。
COMMENT
5日間、本当にお疲れさまでした。
昨年、亡くなられた鶴見和子先生の著書や短歌を読むと、病気というものに冒されると自分の体が自分のものではなくなる(鶴見先生は脳卒中ですから麻痺がありました)ように感じるため、現実が悪夢に、悪夢が現実に感じられ、呻き、叫び、苦しく、不安になり、落ちて行くような感覚になるという。
患者の視点で社会を見る。とても大切な視点だと思います。並の患者では、考えていることをなかなかまとめて人に伝えることはできない。だから、鶴見先生など自分の考えや意見をまとめる能力に優れている人で、患者や障害者を経験した方々の書籍は貴重だと思います。
患者の視点、障害者の視点。
それぞれから今の日本を見ると、良い社会には映らないのでしょうね。とても、残念ですけど弱者には優しくない社会です。
今日は自分の定期的な通院日でした。朝一番で病院に行き、受付をして、待合室で待機。老若男女、様々な人がそれぞれの問題を抱えて座っているんですよね。
先ほど帰宅し、改めて現実を自分のこととして振り返りたいと思いました。
昨年、亡くなられた鶴見和子先生の著書や短歌を読むと、病気というものに冒されると自分の体が自分のものではなくなる(鶴見先生は脳卒中ですから麻痺がありました)ように感じるため、現実が悪夢に、悪夢が現実に感じられ、呻き、叫び、苦しく、不安になり、落ちて行くような感覚になるという。
患者の視点で社会を見る。とても大切な視点だと思います。並の患者では、考えていることをなかなかまとめて人に伝えることはできない。だから、鶴見先生など自分の考えや意見をまとめる能力に優れている人で、患者や障害者を経験した方々の書籍は貴重だと思います。
患者の視点、障害者の視点。
それぞれから今の日本を見ると、良い社会には映らないのでしょうね。とても、残念ですけど弱者には優しくない社会です。
今日は自分の定期的な通院日でした。朝一番で病院に行き、受付をして、待合室で待機。老若男女、様々な人がそれぞれの問題を抱えて座っているんですよね。
先ほど帰宅し、改めて現実を自分のこととして振り返りたいと思いました。
薪割人さん、ありがとう。本当にいい経験だった。南九州病院の福永先生のテゲテゲ日記を読みながら、「患者学」とか「患者道」についても考えた。また、医師と看護士の対等な関係も必要だと実感した。一日5分しか顔を見ることの出来ない医師よりも、常にそばにいる看護士のほうが患者の背景や感覚をより深くわかっている可能性が大きいのだから、全人的医療のためにも、チームでの意思決定の必要性があると思う。
「病む人に学ぶ」姿勢を忘れずにいたいものだ。
「病む人に学ぶ」姿勢を忘れずにいたいものだ。
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