半信半疑の二日目
昨夜は、鎮痛剤を飲まずに寝た。朝4時に、一度だけ右足の痛みで目が覚めた。うーん、鎮痛剤のもうかなあ。。。悩んだ末、昨日の治療の成果を確認したいという思いで、飲まずにいた。結局その後は熟睡はできなかったが、ま、そんなにつらくない。
結局、朝になってみると、腰そのものの痛みは強くないことに気づく。あれ、不思議だな。右足に体重がかかってもずきっとしない。なんとなく、普通に階段を降りられる。こんなの、数か月来、なかったことだ。
起きてすぐ、コルセットをつける。なんとなく、背中がしゃきっとする気がする。
昨日、先生に言われたことが、いろいろ思いだされる。「長く歩くとか、長時間立つとか、重い荷物を持つとか、全部腰にはよくないです。靴も大事。ハイヒールや底の厚いのもダメです。家でもフローリングですよね。薄いスリッパではなく、ルームシューズを使ってください。座る姿勢も気をつけてくださいね」
いやあ、聞けば聞くほど、これまでの生活がどれだけまずいものだったか、わかってくる。朝から深夜二時までの同じ姿勢でのパソコン作業。重いPCを抱えての全国行脚。月に4〜5回は出かけているものなあ。体重は増えているし、更年期障害で動きたくないし、腰が痛いから運動もしない。いいこと何もしていない。。。。
ま、トリガーブロックの注射と鍼治療の効果が、いったい何日くらい続くのかわからないが、この状態で動くのであれば手術もしばらく伸ばしてもいいのかもしれないという気がしてくる。しかし、ペインクリニックというものは、すごいものだなあ。岩井先生の魔法のような治療に脱帽である。
いわい整形外科・ペインクリニック
結局、朝になってみると、腰そのものの痛みは強くないことに気づく。あれ、不思議だな。右足に体重がかかってもずきっとしない。なんとなく、普通に階段を降りられる。こんなの、数か月来、なかったことだ。
起きてすぐ、コルセットをつける。なんとなく、背中がしゃきっとする気がする。
昨日、先生に言われたことが、いろいろ思いだされる。「長く歩くとか、長時間立つとか、重い荷物を持つとか、全部腰にはよくないです。靴も大事。ハイヒールや底の厚いのもダメです。家でもフローリングですよね。薄いスリッパではなく、ルームシューズを使ってください。座る姿勢も気をつけてくださいね」
いやあ、聞けば聞くほど、これまでの生活がどれだけまずいものだったか、わかってくる。朝から深夜二時までの同じ姿勢でのパソコン作業。重いPCを抱えての全国行脚。月に4〜5回は出かけているものなあ。体重は増えているし、更年期障害で動きたくないし、腰が痛いから運動もしない。いいこと何もしていない。。。。
ま、トリガーブロックの注射と鍼治療の効果が、いったい何日くらい続くのかわからないが、この状態で動くのであれば手術もしばらく伸ばしてもいいのかもしれないという気がしてくる。しかし、ペインクリニックというものは、すごいものだなあ。岩井先生の魔法のような治療に脱帽である。
いわい整形外科・ペインクリニック
ペインクリニックへ行く
ついに思いきって、別の整形外科にかかった。この数日、どうしても痛みがとれないからだ。歩くことはもちろん、立つのもつらい。座っていても寝ていてもつらい。車に乗るのも大変だ。
これまでかかっていた整形外科では、痛み止めの薬を処方はしてくれるのだが、痛みそのものを解消はしてくれない。ロキソニンやセレコックスなどの強い痛みどめは、たしかに効くには効くのだが、薬が切れた瞬間からまた激しい痛みが来るので、こわくてずっと飲み続けることになる。胃粘膜を荒らすので、朝起きた時に胃にも不快感がある。腎機能も低下するので長く飲むと透析が必要になるという。
なんとか、薬に依存しない生活にと思うのだが、これまでは医者の側も、たまにホットパックをあてる程度で何も改善できてない。
もう人工関節にしたい、と言ったら、某専門病院に紹介状を書いてくれた。でも、電話してみると、おお、初診が来年4月で、手術は早くてその半年後というではないか。がっかりした。この痛みを抱えながら、これから一年も生きていかないといけないのか。眠れないのがとてもつらい。杖があっても歩きにくい。靴下も靴もうまく履けない。足の爪が切れない。信号が黄色になっても、走って渡り終えることができない。最後の数メートルが間に合わず、バスや急行電車に乗り遅れる。通勤電車では、杖を持っていても、席を譲ってくれる若い男性はほとんどいない。むしろ、高齢者に譲られて恐縮する。同じ環境の人を知っているのかもしれない。
少し遠くではあるが、バスで行ける範囲に、ペインクリニックがあると見つけ、行ってみた。清潔でUDな病院だ。先生は、東洋医学と組み合わせた治療で、ものすごく丁寧に説明してくれる。信頼できそうだ。温熱療法、鍼治療、皮下注射と、いっぺんに3つやって、コルセットを処方してくれた。「今日はでかけないで休んでください」本当は東大でジェロントロジーの大事な会合があったのだが、素直に休む。骨も筋肉も、痛みをこらえようと、つっぱりすぎていて、一回の鍼では治らないレベルのようだ。
午後、なんとなく、腰の痛みがうすらいできたような気がする。もしかしたら、まだ切らないでも、いいのかもしれない。QOLを高める上でも、ペインコントロールの重要性を認識した一日だった。
これまでかかっていた整形外科では、痛み止めの薬を処方はしてくれるのだが、痛みそのものを解消はしてくれない。ロキソニンやセレコックスなどの強い痛みどめは、たしかに効くには効くのだが、薬が切れた瞬間からまた激しい痛みが来るので、こわくてずっと飲み続けることになる。胃粘膜を荒らすので、朝起きた時に胃にも不快感がある。腎機能も低下するので長く飲むと透析が必要になるという。
なんとか、薬に依存しない生活にと思うのだが、これまでは医者の側も、たまにホットパックをあてる程度で何も改善できてない。
もう人工関節にしたい、と言ったら、某専門病院に紹介状を書いてくれた。でも、電話してみると、おお、初診が来年4月で、手術は早くてその半年後というではないか。がっかりした。この痛みを抱えながら、これから一年も生きていかないといけないのか。眠れないのがとてもつらい。杖があっても歩きにくい。靴下も靴もうまく履けない。足の爪が切れない。信号が黄色になっても、走って渡り終えることができない。最後の数メートルが間に合わず、バスや急行電車に乗り遅れる。通勤電車では、杖を持っていても、席を譲ってくれる若い男性はほとんどいない。むしろ、高齢者に譲られて恐縮する。同じ環境の人を知っているのかもしれない。
少し遠くではあるが、バスで行ける範囲に、ペインクリニックがあると見つけ、行ってみた。清潔でUDな病院だ。先生は、東洋医学と組み合わせた治療で、ものすごく丁寧に説明してくれる。信頼できそうだ。温熱療法、鍼治療、皮下注射と、いっぺんに3つやって、コルセットを処方してくれた。「今日はでかけないで休んでください」本当は東大でジェロントロジーの大事な会合があったのだが、素直に休む。骨も筋肉も、痛みをこらえようと、つっぱりすぎていて、一回の鍼では治らないレベルのようだ。
午後、なんとなく、腰の痛みがうすらいできたような気がする。もしかしたら、まだ切らないでも、いいのかもしれない。QOLを高める上でも、ペインコントロールの重要性を認識した一日だった。
鳩山首相はALSに理解を示すだろうか
鳩山首相は6年間スタンフォード大で学んだ、という報道を聞くたびに、私はジェリーを思い出す。ジェリー・リーバーマン教授、スタンフォード大学で、鳩山首相が学んだオペレーションズリサーチのトップを務めていた人である。
彼に会いにいったのは1998年ごろだったろうか?私自身は、オペレーションリサーチはまったくわからない。彼に会えたのは、彼が当時、ALS(筋萎縮性側索硬化症)にかかっていたからだ。
今でもはっきり覚えている。スタンフォードの敷地の中に、開放的に建てられた明るい家。友人が白ワイン片手に談笑し、奥様が楽しげに応じている。「オリーブはいかが?」足元には愛犬が、ゆっくり寝そべっている。平和だ。
ジェリーはそんなみんなを楽しそうに眺めている。彼は人工呼吸器をつけ、指先をわずかに動かして、パソコンを駆使し、それをDectalkの音声合成で語る。「ワイン飲むかい?」「プラシド・ドミンゴ好きかな?」PCから接続されたCDチェンジャーでCDをかける!「ビデオ見せるね。これが、僕の一番若い孫、かわいいでしょ。これは、えっと、エリザベス女王に会ったときのもの、で、君って、日本からのお客さんだよね。じゃ、君、鳩山由紀夫って知っているよね??」
白状するが、当時、私はこの人を名前くらいしか知らなかった。友人が音羽御殿のそばに住んでいたので、たまに名前は聞いていたのだが。
「ユキオは、いいやつだった。僕がこうなってからも、会いに来てくれたよ、これが、彼について、僕がインタビューに答えている日本のテレビ番組だ・・・」ジェリーが見せてくれたビデオでは、人工呼吸器をつけ、音声合成でインタビューに答える、その日と同じ姿が映っていた。
鳩山氏がどんな政治をするか、まだ未知数だ。だが、もし、彼の意識の一部にジェリーの姿が残っていれば、彼はALSを始めとする神経難病に、いくばくかの理解を示してくれるのではないかと思う。そして、日本における(ALSを含む)終末期医療や介護が、どのような状態なのかに、こころを寄せてほしいと思う。住み慣れた家でなく、施設で、病院で、スパゲティ状態で、それでいて明瞭な意識の元に死を迎える人々を知っていてほしい。ジェリーのように、在宅で、支援技術を使った自由なものではないことを、知っておいてほしいと思う。あの香しい花の香りと、白ワインのグラスの触れ合う音。ドミンゴのすてきなテノールの中で、人生を生きていたジェリーのことを、私も一生忘れないから。
彼に会いにいったのは1998年ごろだったろうか?私自身は、オペレーションリサーチはまったくわからない。彼に会えたのは、彼が当時、ALS(筋萎縮性側索硬化症)にかかっていたからだ。
今でもはっきり覚えている。スタンフォードの敷地の中に、開放的に建てられた明るい家。友人が白ワイン片手に談笑し、奥様が楽しげに応じている。「オリーブはいかが?」足元には愛犬が、ゆっくり寝そべっている。平和だ。
ジェリーはそんなみんなを楽しそうに眺めている。彼は人工呼吸器をつけ、指先をわずかに動かして、パソコンを駆使し、それをDectalkの音声合成で語る。「ワイン飲むかい?」「プラシド・ドミンゴ好きかな?」PCから接続されたCDチェンジャーでCDをかける!「ビデオ見せるね。これが、僕の一番若い孫、かわいいでしょ。これは、えっと、エリザベス女王に会ったときのもの、で、君って、日本からのお客さんだよね。じゃ、君、鳩山由紀夫って知っているよね??」
白状するが、当時、私はこの人を名前くらいしか知らなかった。友人が音羽御殿のそばに住んでいたので、たまに名前は聞いていたのだが。
「ユキオは、いいやつだった。僕がこうなってからも、会いに来てくれたよ、これが、彼について、僕がインタビューに答えている日本のテレビ番組だ・・・」ジェリーが見せてくれたビデオでは、人工呼吸器をつけ、音声合成でインタビューに答える、その日と同じ姿が映っていた。
鳩山氏がどんな政治をするか、まだ未知数だ。だが、もし、彼の意識の一部にジェリーの姿が残っていれば、彼はALSを始めとする神経難病に、いくばくかの理解を示してくれるのではないかと思う。そして、日本における(ALSを含む)終末期医療や介護が、どのような状態なのかに、こころを寄せてほしいと思う。住み慣れた家でなく、施設で、病院で、スパゲティ状態で、それでいて明瞭な意識の元に死を迎える人々を知っていてほしい。ジェリーのように、在宅で、支援技術を使った自由なものではないことを、知っておいてほしいと思う。あの香しい花の香りと、白ワインのグラスの触れ合う音。ドミンゴのすてきなテノールの中で、人生を生きていたジェリーのことを、私も一生忘れないから。
リムクリニックで感じた寂しさ
オスロ、パリと海外出張が続く中で、最終日の8日の夜に激しい悪寒に襲われた。温度差の大きな場所を行き来したので、体調を崩したのだろう。その後も、佐賀、京都と仕事が続いたが、ずっと咳が抜けなかった。東大のジェロントロジープロジェクトの合宿でも、ビデオや録音に悪影響があるとわかっていながら、ごほごほ言い続けた。病院に行く時間がとれなかったのだ。
昨日、22日になって、やっと病院へ行けた。もう熱があるわけではないのだが、フスコデを2週間近く飲み続けても症状が改善されないのでつらかったからである。声も枯れて、胸や背中まで痛くなっていた。
青葉台のリム・クリニックに行く。ここは、もう長くつきあっている病院だ。待合室は、かつては人であふれていたのに、今はがらがらだ。待合で熱を測る。自宅では37度くらいの微熱(といっても、私はいつも35度台なのでけっこう高く感じるのだが)だったのに、いつもここで測ると測定不能になるか、35度3分くらいにしかならない。
診察室には病院長の女医さんがいた。わたしはどちらかというと、ご主人のお医者さんのほうが安心する。症状が出た時期や経過を報告する。彼女はもくもくと、それを目の前のパソコンに入力していく。入力が終わると、やっとこっちを向き、のどの状態を見て、聴診器で肺の音を聞いた。30秒くらいだろうか。
「はい、薬出しますから、3日たって変わらなければまた来てください」
彼女はずっと画面のデータを見ている。「熱もないようですし」
でも、私としては、手足が熱くて、ものすごくだるいのだ。頭痛も続いているし、眠れないほど咳も出る。同じ薬でいいのかも確認したい。
「あの、たしかに検温では低いですが、冷え性の私としては、手足がものすごく熱くなっているのですが。。。。」つい、手を出して、先生の手に触った。そのとき初めて、先生がこっちを向いた。
「天候もありますからね。気温が高いと熱く感じますよ」
なんとなく、なんとなく悲しくなった。ここへ来たことが、悪いことだったかのように思えた。
「病気になったとき、どれくらいみなさん、我慢されるものでしょうか」つい、聞いてしまう。
「そりゃ、みなさん、40度も熱があれば、すぐ来ますよ。はい、じゃ、うがいしてください」
最後まで、しっかり私の顔を見ることはなかった。
病院を出てから、なぜ自分がこんなに悲しい気持ちになっているのか、考えてみた。どうして、先生の腕に触るなんてことをしたのだろう。自分の手を見ながら、ふと、「手当て」という言葉を思い出した。そうなんだ、私は、医師に診察をしてもらいたかったのではなく、「手当て」をしてほしかったのだ。直接、触れてもらいたいという意味だけではない。この2週間、つらい思いをしていたことに対し、一瞬でいいから、大変でしたね、と、共感してほしかったのだ。
ITにうとい年齢でもない彼女が、電子カルテの入力にそれほど苦労しているわけではない。だが、目の前の患者を少しも見ないで、ずっとパソコンの画面、その上のデータしか見ていないことに、私はいらだったのだろう。
こんな世界のために、われわれは、ITを進めてきたのだろうか?混んでいたわけでもないのだから、もう少しだけでも、患者のこころに近づけばいいのに。自分がこれからたくさんお世話になるはずの医療やケアが、いったいどんなものになっていくのか、なんだか、不安になった。精神的に不安定なときこそ、寄り添う人のぬくもりが嬉しいのになあ。
昨日、22日になって、やっと病院へ行けた。もう熱があるわけではないのだが、フスコデを2週間近く飲み続けても症状が改善されないのでつらかったからである。声も枯れて、胸や背中まで痛くなっていた。
青葉台のリム・クリニックに行く。ここは、もう長くつきあっている病院だ。待合室は、かつては人であふれていたのに、今はがらがらだ。待合で熱を測る。自宅では37度くらいの微熱(といっても、私はいつも35度台なのでけっこう高く感じるのだが)だったのに、いつもここで測ると測定不能になるか、35度3分くらいにしかならない。
診察室には病院長の女医さんがいた。わたしはどちらかというと、ご主人のお医者さんのほうが安心する。症状が出た時期や経過を報告する。彼女はもくもくと、それを目の前のパソコンに入力していく。入力が終わると、やっとこっちを向き、のどの状態を見て、聴診器で肺の音を聞いた。30秒くらいだろうか。
「はい、薬出しますから、3日たって変わらなければまた来てください」
彼女はずっと画面のデータを見ている。「熱もないようですし」
でも、私としては、手足が熱くて、ものすごくだるいのだ。頭痛も続いているし、眠れないほど咳も出る。同じ薬でいいのかも確認したい。
「あの、たしかに検温では低いですが、冷え性の私としては、手足がものすごく熱くなっているのですが。。。。」つい、手を出して、先生の手に触った。そのとき初めて、先生がこっちを向いた。
「天候もありますからね。気温が高いと熱く感じますよ」
なんとなく、なんとなく悲しくなった。ここへ来たことが、悪いことだったかのように思えた。
「病気になったとき、どれくらいみなさん、我慢されるものでしょうか」つい、聞いてしまう。
「そりゃ、みなさん、40度も熱があれば、すぐ来ますよ。はい、じゃ、うがいしてください」
最後まで、しっかり私の顔を見ることはなかった。
病院を出てから、なぜ自分がこんなに悲しい気持ちになっているのか、考えてみた。どうして、先生の腕に触るなんてことをしたのだろう。自分の手を見ながら、ふと、「手当て」という言葉を思い出した。そうなんだ、私は、医師に診察をしてもらいたかったのではなく、「手当て」をしてほしかったのだ。直接、触れてもらいたいという意味だけではない。この2週間、つらい思いをしていたことに対し、一瞬でいいから、大変でしたね、と、共感してほしかったのだ。
ITにうとい年齢でもない彼女が、電子カルテの入力にそれほど苦労しているわけではない。だが、目の前の患者を少しも見ないで、ずっとパソコンの画面、その上のデータしか見ていないことに、私はいらだったのだろう。
こんな世界のために、われわれは、ITを進めてきたのだろうか?混んでいたわけでもないのだから、もう少しだけでも、患者のこころに近づけばいいのに。自分がこれからたくさんお世話になるはずの医療やケアが、いったいどんなものになっていくのか、なんだか、不安になった。精神的に不安定なときこそ、寄り添う人のぬくもりが嬉しいのになあ。
公務員のマイル返上は無意味
公務員が出張した際には、マイルをつけない、使わないようにという通達が、外部委員の私のところにまで来た。大きなお世話だなあ。民間人、一般人の私が出張するのに、どうしてそこまで口をはさんでくるのだろう。国会でこれで言い出した江田けんじ議員は、自分はマイレージなんか使ったことがないと、まるで正義の味方きどりだが、ITリテラシーの問題かもしれない。秘書の予約作業に実はコストがかかっていることが見えていないのだろう。
公務員が個人的に参加しているマイルプログラムで、出張時の予約や変更、支払いを個人で完結できれば、全体の効率化につながるではないか。その「人間×時間=コスト」という概念を一切考慮しないで、おまけをもらうのはけしからんと、カードも、ネットで予約する利便性も取り上げる。ICTの進化を根底から否定するような動きだ。海外では、マイルは個人に帰属するという判例が出ているそうだ。
居酒屋タクシーは、特定の公務員だけが便宜を受けるものだったから叩かれた。だが、マイルは別に公務員だけ率が高いわけではない。生協の買い物でポイントがつくのと同じだ。(65歳以上は月曜だけ高率だが。)元は税金なんだから、個人で受けるのはおかしい、という論理なら、公務員がE-Taxを使っても5000円のリターンは個人に帰属できないことになる。誰も使わなくなるだろう。
むしろ、現在の、官庁や公企業が、エコノミーであっても正規料金で移動している現状の方を変えるべきだろう。公務員全員でマイルカードを持つ。会費は個人持ちだ。で、国内外も全て、基本は最低金額のチケットしか買ってはならない。それ以外を買ったときは理由書を出させる。これで、おそらく日本の公務員の旅費交通費は、かなり減るだろう。要は、正しい領収書を添付すればいいのであって、それも今ではオンラインで可能なはずだ。
うちなんか、社長以下、全員、いっつも最安チケットだぞ。ホテル込みだともっと安いときはそれにする。で、マイルは個人に帰属し、会社が出してくれないけど、どうしても行きたい学会などに参加するときに使う。マイル個人で貯めた分も使うから半分自腹だ。IBMの友人も、一部上場企業の社長をしている連れ合いも、会社ではエコノミーチケットを買って、自分のマイルでアップグレードしている。全体では結構コスト削減になっているはずだ。町村官房長官がいうとおり、節税にもなるはずなのだ。
公務員は、実はほとんど海外になど行けないのだ。新婚旅行でさえ大変な思いで申請をしないと行けない。それは、高すぎる正規運賃とともに、制度上のバリアも大きい。だから、マイルでいい思いをしている公務員なんて、ほとんどいないのに、イメージだけで叩かれる。可哀想だな。
国家公務員旅費規程という、明治時代の遺構のような規定のために、講演会謝金と旅費の両方から一割源泉されてしまう身としては、マイルくらい自由にしてもいいじゃん、と言いたくなる。この時代遅れの法律のおかげで、陸路がつながっていれば、どんなに遠くても陸路で行く必要がある。公務員には、Time is Money.という概念がないので、飛行機でなら1時間のところを、片道6時間かけてもOKなのだ。21世紀とは思えない。で、時間を優先する私は飛行機に乗る。足が出るけど、マイルがつくからいっか、というのが慰めだったのに。
通勤時のパスモのポイントや、出張時にクレジットカードで宿代を支払ったときのポイントも、みな、個人ではなく、国に帰属するのか?どうやって分けるのか?どうやって返すのか?
ものすご〜〜〜〜く細かい管理社会になっていけば、ここからここまで乗った分は公務、この駅以降は個人、と峻別できるのだろうけど、なんだか、そんながんじがらめのユビキタスは、嬉しくない未来だなあ。
公務員が個人的に参加しているマイルプログラムで、出張時の予約や変更、支払いを個人で完結できれば、全体の効率化につながるではないか。その「人間×時間=コスト」という概念を一切考慮しないで、おまけをもらうのはけしからんと、カードも、ネットで予約する利便性も取り上げる。ICTの進化を根底から否定するような動きだ。海外では、マイルは個人に帰属するという判例が出ているそうだ。
居酒屋タクシーは、特定の公務員だけが便宜を受けるものだったから叩かれた。だが、マイルは別に公務員だけ率が高いわけではない。生協の買い物でポイントがつくのと同じだ。(65歳以上は月曜だけ高率だが。)元は税金なんだから、個人で受けるのはおかしい、という論理なら、公務員がE-Taxを使っても5000円のリターンは個人に帰属できないことになる。誰も使わなくなるだろう。
むしろ、現在の、官庁や公企業が、エコノミーであっても正規料金で移動している現状の方を変えるべきだろう。公務員全員でマイルカードを持つ。会費は個人持ちだ。で、国内外も全て、基本は最低金額のチケットしか買ってはならない。それ以外を買ったときは理由書を出させる。これで、おそらく日本の公務員の旅費交通費は、かなり減るだろう。要は、正しい領収書を添付すればいいのであって、それも今ではオンラインで可能なはずだ。
うちなんか、社長以下、全員、いっつも最安チケットだぞ。ホテル込みだともっと安いときはそれにする。で、マイルは個人に帰属し、会社が出してくれないけど、どうしても行きたい学会などに参加するときに使う。マイル個人で貯めた分も使うから半分自腹だ。IBMの友人も、一部上場企業の社長をしている連れ合いも、会社ではエコノミーチケットを買って、自分のマイルでアップグレードしている。全体では結構コスト削減になっているはずだ。町村官房長官がいうとおり、節税にもなるはずなのだ。
公務員は、実はほとんど海外になど行けないのだ。新婚旅行でさえ大変な思いで申請をしないと行けない。それは、高すぎる正規運賃とともに、制度上のバリアも大きい。だから、マイルでいい思いをしている公務員なんて、ほとんどいないのに、イメージだけで叩かれる。可哀想だな。
国家公務員旅費規程という、明治時代の遺構のような規定のために、講演会謝金と旅費の両方から一割源泉されてしまう身としては、マイルくらい自由にしてもいいじゃん、と言いたくなる。この時代遅れの法律のおかげで、陸路がつながっていれば、どんなに遠くても陸路で行く必要がある。公務員には、Time is Money.という概念がないので、飛行機でなら1時間のところを、片道6時間かけてもOKなのだ。21世紀とは思えない。で、時間を優先する私は飛行機に乗る。足が出るけど、マイルがつくからいっか、というのが慰めだったのに。
通勤時のパスモのポイントや、出張時にクレジットカードで宿代を支払ったときのポイントも、みな、個人ではなく、国に帰属するのか?どうやって分けるのか?どうやって返すのか?
ものすご〜〜〜〜く細かい管理社会になっていけば、ここからここまで乗った分は公務、この駅以降は個人、と峻別できるのだろうけど、なんだか、そんながんじがらめのユビキタスは、嬉しくない未来だなあ。



