なぜか初めて?の武雄温泉
この午後から武雄に行く。佐賀県庁のみなさんには黙っていたが、実はこの日、母の喜寿の祝いを武雄温泉ですることになっていた。泊まりは懐石宿 扇屋である。
ここは、料理宿としても有名なので、前から一度行って見たいと思っていた。最初は世知原の山暖簾を予約していたのに、父が最後になっていやがって、変更したのである。ま、高齢者に運転させるのはまずいので、電車でいける場所で良かったかも。
武雄温泉は、有名な場所なのに、どうも記憶がない。有名な楼門も、初めて見るような気がする。この日は、たまたま、武雄神社の秋祭りで、流鏑馬神事の奉納があるという。たまたま座った場所に、お嬢さんが射手という方がいらしていて、いろいろ教えていただき、勉強になった。馬術クラブのメンバーが射手なので、弓の専門家ではないため、なかなか当てるのは難しいそうである。彼女の出番まで一緒になってはらはらどきどきした。結局、目の前の三の的には当たらなかったが、親戚の娘さんの活躍を見ているようで、のどかな秋の一日となった。
扇屋は、本当に懐石宿である。部屋には水屋まであり、このままお茶会ができそうだ。次の間にはなぜか椅子とテーブルがあった。初めは不思議だったが、結局、パソコンを使うのには、とても楽だった。
料理は、鉄人に出たというだけあり、素晴らしい。だが、ちょっとこれも量が多いかも。寄せ鍋をやめて少しだけ佐賀牛に、とわがままを言ってあったが、それでも完食は難しかった、デザートのフルーツコンポートは、果物を漬けてあるシロップが秀逸だった。翌朝聞いたら、かなりワインが入っているとのこと。気づいたら2時間もかけた夕食だった。
ただ、お風呂はそれほど凝っていない。女性用は、3人も入ればいっぱいという大きさである。武雄の湯も、嬉野と同じつるつる系ではあるが。。。
少し物足りなかったので、翌朝、楼門の中にある元湯へ向かう。400円だ。脱衣所から見ると、おお広い。天井も高く、内湯だけだが開放感抜群である。
あつゆ と ぬるゆ があった。ぬる湯に手をいれてみるが結構熱い。こっちにしよう。
体を沈めて、ふう、とため息がでた。いいお湯である。極上の湯のかけ流しだ。早朝は地元の人でごったがえすというが、10時ごろいったときは、数名しかいなかった。泳げるくらい広い湯船をほとんど独り占めである。30分があっという間だった。この風呂に記憶がないというのだから、武雄はやはり初めての温泉なのだろう。近いからこそ、知らない場所だったのかもしれない。
午後は小城へ行く。この町も、やっぱり初めてのような気がする。清水の滝を見て、鯉料理を、と思っていたが、滝は結構階段がしんどくて、途中で腰が痛みだし、途中の神社までが限界だった。滝見屋さんで昼食にする。メニューはない。何人前?としか聞かないのだ。3人だが2人前にした。鯉のあらいが、大皿にどかっと出てくる。おお、鯉こくは鍋ごとだ。ごはんもおひつで出される。じょうだんじゃない。これって、東京だと6〜7人前はあるぞ、という印象だ。結局、鯉の洗いは3分の2、ごはんは手付かずだった。二人前どころか、一人前でも足りたかもしれない。しかし、大変に美味しかった。洗いもだが、とにかく鯉こくが、素晴らしい。濃厚なのに、まったくくどさを感じない。鯉が肝臓に効くと書いてあって、母は喜ぶ。肝臓を傷めてから、むくみもひどく疲れやすいのだ。これからもときどき鯉料理を食べにこよう。
駅前の村岡でお菓子を買って帰る。タクシーの運転手さんに聞くと、やはり羊羹だけ作っている店はかなり大変なのだそうだ。かつては和菓子の本流だった羊羹も、味覚の変化に対応しないと生き残りが難しいのだろう。変わらずに美味しいと思う鯉こくと、変わらないのに飽きられてしまう羊羹との、運命の差を思った。老舗とは、顧客にはわからないように、時代にあわせて変化できる企業だと言われる。ああ、これこれ、この味だよね、と言わせつつ、実は完全にレシピを変えているものなのだ。村岡の和菓子はどれも美味しかった。佐賀のシュガーロードが、また賑わうことを願う。
ここは、料理宿としても有名なので、前から一度行って見たいと思っていた。最初は世知原の山暖簾を予約していたのに、父が最後になっていやがって、変更したのである。ま、高齢者に運転させるのはまずいので、電車でいける場所で良かったかも。
武雄温泉は、有名な場所なのに、どうも記憶がない。有名な楼門も、初めて見るような気がする。この日は、たまたま、武雄神社の秋祭りで、流鏑馬神事の奉納があるという。たまたま座った場所に、お嬢さんが射手という方がいらしていて、いろいろ教えていただき、勉強になった。馬術クラブのメンバーが射手なので、弓の専門家ではないため、なかなか当てるのは難しいそうである。彼女の出番まで一緒になってはらはらどきどきした。結局、目の前の三の的には当たらなかったが、親戚の娘さんの活躍を見ているようで、のどかな秋の一日となった。
扇屋は、本当に懐石宿である。部屋には水屋まであり、このままお茶会ができそうだ。次の間にはなぜか椅子とテーブルがあった。初めは不思議だったが、結局、パソコンを使うのには、とても楽だった。
料理は、鉄人に出たというだけあり、素晴らしい。だが、ちょっとこれも量が多いかも。寄せ鍋をやめて少しだけ佐賀牛に、とわがままを言ってあったが、それでも完食は難しかった、デザートのフルーツコンポートは、果物を漬けてあるシロップが秀逸だった。翌朝聞いたら、かなりワインが入っているとのこと。気づいたら2時間もかけた夕食だった。
ただ、お風呂はそれほど凝っていない。女性用は、3人も入ればいっぱいという大きさである。武雄の湯も、嬉野と同じつるつる系ではあるが。。。
少し物足りなかったので、翌朝、楼門の中にある元湯へ向かう。400円だ。脱衣所から見ると、おお広い。天井も高く、内湯だけだが開放感抜群である。
あつゆ と ぬるゆ があった。ぬる湯に手をいれてみるが結構熱い。こっちにしよう。
体を沈めて、ふう、とため息がでた。いいお湯である。極上の湯のかけ流しだ。早朝は地元の人でごったがえすというが、10時ごろいったときは、数名しかいなかった。泳げるくらい広い湯船をほとんど独り占めである。30分があっという間だった。この風呂に記憶がないというのだから、武雄はやはり初めての温泉なのだろう。近いからこそ、知らない場所だったのかもしれない。
午後は小城へ行く。この町も、やっぱり初めてのような気がする。清水の滝を見て、鯉料理を、と思っていたが、滝は結構階段がしんどくて、途中で腰が痛みだし、途中の神社までが限界だった。滝見屋さんで昼食にする。メニューはない。何人前?としか聞かないのだ。3人だが2人前にした。鯉のあらいが、大皿にどかっと出てくる。おお、鯉こくは鍋ごとだ。ごはんもおひつで出される。じょうだんじゃない。これって、東京だと6〜7人前はあるぞ、という印象だ。結局、鯉の洗いは3分の2、ごはんは手付かずだった。二人前どころか、一人前でも足りたかもしれない。しかし、大変に美味しかった。洗いもだが、とにかく鯉こくが、素晴らしい。濃厚なのに、まったくくどさを感じない。鯉が肝臓に効くと書いてあって、母は喜ぶ。肝臓を傷めてから、むくみもひどく疲れやすいのだ。これからもときどき鯉料理を食べにこよう。
駅前の村岡でお菓子を買って帰る。タクシーの運転手さんに聞くと、やはり羊羹だけ作っている店はかなり大変なのだそうだ。かつては和菓子の本流だった羊羹も、味覚の変化に対応しないと生き残りが難しいのだろう。変わらずに美味しいと思う鯉こくと、変わらないのに飽きられてしまう羊羹との、運命の差を思った。老舗とは、顧客にはわからないように、時代にあわせて変化できる企業だと言われる。ああ、これこれ、この味だよね、と言わせつつ、実は完全にレシピを変えているものなのだ。村岡の和菓子はどれも美味しかった。佐賀のシュガーロードが、また賑わうことを願う。
佐賀 嬉野 安いけどいい宿に泊まる
佐賀の仕事の後、今回は両極端のタイプの温泉宿をはしごした。一泊目は嬉野のバスセンターの隣にある一休荘という、小さな宿である。これまで、清流、和多屋と、有名どころばかりだったので、今回は一番小さな、古いタイプを選んだ。場所はものすごくわかりやすい。バスセンターから一分もかからない。目の前だもの。で、女将さんもご主人も、とても気さくだ。ちょっと早口だが、これはお互い様だな。
二階へ行く階段は、おお、すごい勾配。傾斜角は60度以上?「気をつけてくださいね〜」女将さんはとんとんと登っていく。お部屋は意外にきれい。ウォシュレットつきで快適。お風呂はこっちです、と別の階段を案内された。この勾配はそれほどでもない「全部家族風呂なので、入るときはかぎかけてくださいね。」
で、それ以降、私は一回もあの急な階段を使わなかった。だって、二食とも部屋食だし、お風呂へは何度も入りにいったけど、奥の階段だし。。。チェックアウトまで、なんだか、温泉三昧して、部屋でごろごろ、というのはなかなか良い。久しぶりに湯治気分だな。「バリアフリーとか、どう思われます?」と元気な女将さんに聞いてみた。「うん、古いから階段とかはもうどうしようもないけどねえ。でも、冬になると、お年寄りの方、すっごく多いんですよ〜」そうだろうなあ。ここでこの価格で、一週間湯治とか、幸せだと思う。家族風呂ばかりだから、シニア同士で安心だし。これも大切なUDだよなあ。
翌朝、荷物を預かってもらい、200円のチケットをいただいて、大正屋さんの立ち寄り湯に行く。これも悪くない。その後、実は10時にバリアフリーツアーセンタでアポがあった。新事務局長のSさんに会おうと思っていたのだ。筋ジスの彼は、大村から週3日出社、2日は在宅という形式で仕事をしている。来年の12月に予定されているUD全国大会まで、準備しなくてはならないことがたくさんあるので、大変だと思う。
聞いてみると、やはり古い旅館が多いので、バリアフリーというと最初から無理、と思いこまれてしまうとのこと。今朝 泊まった宿の例を挙げて、バリアフリーでなくとも、UDにはなれるから、シニアやベビーカーユーザーをメインターゲットにする方法を話し合った。来年まで、なんとか彼の活動が軌道に乗ればいいな。応援しなきゃ。
二階へ行く階段は、おお、すごい勾配。傾斜角は60度以上?「気をつけてくださいね〜」女将さんはとんとんと登っていく。お部屋は意外にきれい。ウォシュレットつきで快適。お風呂はこっちです、と別の階段を案内された。この勾配はそれほどでもない「全部家族風呂なので、入るときはかぎかけてくださいね。」
で、それ以降、私は一回もあの急な階段を使わなかった。だって、二食とも部屋食だし、お風呂へは何度も入りにいったけど、奥の階段だし。。。チェックアウトまで、なんだか、温泉三昧して、部屋でごろごろ、というのはなかなか良い。久しぶりに湯治気分だな。「バリアフリーとか、どう思われます?」と元気な女将さんに聞いてみた。「うん、古いから階段とかはもうどうしようもないけどねえ。でも、冬になると、お年寄りの方、すっごく多いんですよ〜」そうだろうなあ。ここでこの価格で、一週間湯治とか、幸せだと思う。家族風呂ばかりだから、シニア同士で安心だし。これも大切なUDだよなあ。
翌朝、荷物を預かってもらい、200円のチケットをいただいて、大正屋さんの立ち寄り湯に行く。これも悪くない。その後、実は10時にバリアフリーツアーセンタでアポがあった。新事務局長のSさんに会おうと思っていたのだ。筋ジスの彼は、大村から週3日出社、2日は在宅という形式で仕事をしている。来年の12月に予定されているUD全国大会まで、準備しなくてはならないことがたくさんあるので、大変だと思う。
聞いてみると、やはり古い旅館が多いので、バリアフリーというと最初から無理、と思いこまれてしまうとのこと。今朝 泊まった宿の例を挙げて、バリアフリーでなくとも、UDにはなれるから、シニアやベビーカーユーザーをメインターゲットにする方法を話し合った。来年まで、なんとか彼の活動が軌道に乗ればいいな。応援しなきゃ。
松之山温泉その2 カール・ベンクス氏を訪ねる
翌日、合宿の解散後、地元からの参加者3名とともに、近くに住むドイツ人のカール・ベンクス氏を訪ねる。彼はフランク・ロイド・ライトの流れをくむインテリアデザイナーで、新潟に50歳で移り住み、いくつもの古民家再生を手がけて17年になるそうだ。日本の古い民家の構造や梁などの古材を活かし、欧風のテイストも取り入れて、実に美しい、住みやすそうな家を作っているのだ。私たちが行くと、外で待っていてくれた。オフィスのそばに、ピンクの壁のご自宅がある。おお、なんて可愛いんだろう。森に囲まれたその家のある周囲には、オーラの強い樹があり、池がある。森の精霊たちが、ダンスをしているように、光や風が楽しげだ。いい場所だなあ、そして、なんだか、いい家だなあ。みな、自然に笑顔になる。
外でしばらく話していたが、オフィスに入れてもらって、驚きは更に深まった。古材が生き返っている。大きな門を利用したという書庫が、カールさんの机のうしろに威風堂々とそびえているが、その木の存在感の大きなこと。机も椅子もテーブルも、みな廃材だったというから、その復活した命のかがやきに圧倒される。こんな素敵なものを、われわれはむざむざと捨てていたのか。カールさんの話には、何回も、何十回も、もったいない、という言葉が出る。
「日本の建築、きれいですよ、材木も、古いものほど、いいですよ、これ、使わないともったいないよ、日本人、本当にいいもの、つくるちからあったのに、それ、伝えないともったいないよ、若いひと、日本のいいものに触れることやめたらだめ、古いものの伝統の上に、新しいもの、今の生活にあった、あたらしいもの、加えていくのが、先輩たちの知恵よね、それ、なくしてしまうの、日本人だけじゃなく、世界の目で見ても、もったいないよ。。。」
そうだよなあ。今の建築、たかだか30年で、どんなに素晴らしい建物でも、価値はゼロになってしまうものなあ。宮大工が建てた家でも、古ければ上モノはタダだ。そうやって、今は京都を始め、日本中の古民家が消えていっている。だけど、わたしたち日本人自体が、もうそれをもったいないと思う心をもっていない。古くていいものを見抜く目をもっていない。実際、彼の手がけた古民家再生のファイルを見せてもらうと、え〜こんなゴミみたいな材木の塊りが、どうしてこんなきれいな家に?と、劇的ビフォアアフターに驚く。単に杭が数本残っているだけ、その上に萱葺きがわずかに残るだけ、に見えたぼろ屋が、いとおかしい、愛らしい家に生まれ変わるのである。
雰囲気は中世の街並みを残しつつ、内部は完全に使いやすいファシリティに変えていくことをファサード保存といい、世界遺産の町などでは当然のように行われている。以前行ったフィレンツェやアシジもそうだった。京都の古民家も、庵のチームなど、外国人の尽力で生き残っているものがたくさんある。雪の多い新潟では、雪の重みに耐えうるよう、梁も構造もしっかりした古民家がたくさんあるそうだ。伝統を活かしつつ、内部は誰にとってもつ買いやすいものにしていくことも、ユニバーサルデザインの本質である。UDは、サスティナブルでなければならない。日本の古いものを、美しいと感じる能力を、捨ててしまっては、もったいない、と自分でも思った一日だった。
外でしばらく話していたが、オフィスに入れてもらって、驚きは更に深まった。古材が生き返っている。大きな門を利用したという書庫が、カールさんの机のうしろに威風堂々とそびえているが、その木の存在感の大きなこと。机も椅子もテーブルも、みな廃材だったというから、その復活した命のかがやきに圧倒される。こんな素敵なものを、われわれはむざむざと捨てていたのか。カールさんの話には、何回も、何十回も、もったいない、という言葉が出る。
「日本の建築、きれいですよ、材木も、古いものほど、いいですよ、これ、使わないともったいないよ、日本人、本当にいいもの、つくるちからあったのに、それ、伝えないともったいないよ、若いひと、日本のいいものに触れることやめたらだめ、古いものの伝統の上に、新しいもの、今の生活にあった、あたらしいもの、加えていくのが、先輩たちの知恵よね、それ、なくしてしまうの、日本人だけじゃなく、世界の目で見ても、もったいないよ。。。」
そうだよなあ。今の建築、たかだか30年で、どんなに素晴らしい建物でも、価値はゼロになってしまうものなあ。宮大工が建てた家でも、古ければ上モノはタダだ。そうやって、今は京都を始め、日本中の古民家が消えていっている。だけど、わたしたち日本人自体が、もうそれをもったいないと思う心をもっていない。古くていいものを見抜く目をもっていない。実際、彼の手がけた古民家再生のファイルを見せてもらうと、え〜こんなゴミみたいな材木の塊りが、どうしてこんなきれいな家に?と、劇的ビフォアアフターに驚く。単に杭が数本残っているだけ、その上に萱葺きがわずかに残るだけ、に見えたぼろ屋が、いとおかしい、愛らしい家に生まれ変わるのである。
雰囲気は中世の街並みを残しつつ、内部は完全に使いやすいファシリティに変えていくことをファサード保存といい、世界遺産の町などでは当然のように行われている。以前行ったフィレンツェやアシジもそうだった。京都の古民家も、庵のチームなど、外国人の尽力で生き残っているものがたくさんある。雪の多い新潟では、雪の重みに耐えうるよう、梁も構造もしっかりした古民家がたくさんあるそうだ。伝統を活かしつつ、内部は誰にとってもつ買いやすいものにしていくことも、ユニバーサルデザインの本質である。UDは、サスティナブルでなければならない。日本の古いものを、美しいと感じる能力を、捨ててしまっては、もったいない、と自分でも思った一日だった。
新潟 松之山温泉その1 秘湯10泊目!
越後湯沢の駅は楽しい。ぽんしゅ館で利き酒を5種類楽しんだ。館主は、日本酒ソムリエである。常連さんも通っているようで、大変詳しい方がいろいろ教えてくださった。「これは今日飲んで行ったほうがいいよ」「これは本当にレアものだね」たった500円でこんなに楽しめるなんて!!
隣の食堂も良かった。もち豚丼とかおにぎりとかいろいろあったのだが、ふと、黒板に書いている言葉に目が留まる。「ごはん 味噌汁 漬物つき」らら、これだけ頼めるのかな?正真正銘、魚沼こしひかりの新米炊きたてだという。で、お値段は300円!で、その「ごはん」が運ばれてきた。お、しっかり丼飯じゃないか。とてもこんなにたくさん食べられな・・・・・。そう思いながら一口食べた瞬間、電流みたいな感動が走った。「お・い・し・い・・・・・」
しばらく思考が停止した。もくもくもくもく。ふと我に返った。おや、もう半分も食べちゃったじゃないの。ふきみそも白菜漬けもご飯の友として最高だが、なんと言ってもごはんそのものがうまいのである。
お店の人に300円払うのが申し訳ないくらいだった。やっぱり炊き立ては美味しいですね〜とコメントしたら、「いえいえ、さめても美味しいのが魚沼なんです」と笑って返されてしまった。おそるべし、本物の魚沼こしひかり。
で、電車に乗ってまつだいへ向かう。今日は、年に一度のUD合宿だ。CSUNカンファレンスツアーの卒業生たちが、旧交を温め、現状を報告し、夢を語り合うというもので、もう3回になる。実は、昨年は、どうしても断れない仕事が入ってしまい、泣く泣く合宿をキャンセルせざるを得なかった。今年も同日に京都での講演依頼があったのだが、先約あり、とあっさり断って合宿を優先させたのである。
この合宿、毎年決めていることがある。秘湯の宿で開催するのだ。もちろん、私がスタンプを稼ぎたいという下心はあるが、やはり、ネットワークから遠ざかるという意味が大きい。いつでもどこでも、検索さえすればOKという世界から、一瞬でいいから抜けたくなる。で、ひたすら、語り合う。温泉合宿はわたしの原点だ。で、今回、ついに秘湯スタンプ10泊目!思い出の満山荘から2年と3ヶ月で達成だ。
松之山温泉 凌雲閣は、築70年の立派な木造3階建てだ。それぞれの部屋の天井、欄間、障子には、細かい細工がしてあって、一部屋ひとへやが、芸術品のようである。温泉はものすごく塩辛い。こんな山奥なのに不思議だが、これも新潟の面白さだ。私の感覚では、一番小さな家族風呂が、もっとも湯質がよかった。ただし、かなり熱めなのと、塩湯のおかげで、まったく冷めない!!!!いつまでも暑くてこまった。ここは冬のほうがいいかもしれない。
料理もなかなか素晴らしい。でも、ちょっと多すぎるかなあ。きのこ系や、岩梨のゼリー寄せなど、珍しい山の味もあった。雪のときにも、訪ねてみたい宿である。
隣の食堂も良かった。もち豚丼とかおにぎりとかいろいろあったのだが、ふと、黒板に書いている言葉に目が留まる。「ごはん 味噌汁 漬物つき」らら、これだけ頼めるのかな?正真正銘、魚沼こしひかりの新米炊きたてだという。で、お値段は300円!で、その「ごはん」が運ばれてきた。お、しっかり丼飯じゃないか。とてもこんなにたくさん食べられな・・・・・。そう思いながら一口食べた瞬間、電流みたいな感動が走った。「お・い・し・い・・・・・」
しばらく思考が停止した。もくもくもくもく。ふと我に返った。おや、もう半分も食べちゃったじゃないの。ふきみそも白菜漬けもご飯の友として最高だが、なんと言ってもごはんそのものがうまいのである。
お店の人に300円払うのが申し訳ないくらいだった。やっぱり炊き立ては美味しいですね〜とコメントしたら、「いえいえ、さめても美味しいのが魚沼なんです」と笑って返されてしまった。おそるべし、本物の魚沼こしひかり。
で、電車に乗ってまつだいへ向かう。今日は、年に一度のUD合宿だ。CSUNカンファレンスツアーの卒業生たちが、旧交を温め、現状を報告し、夢を語り合うというもので、もう3回になる。実は、昨年は、どうしても断れない仕事が入ってしまい、泣く泣く合宿をキャンセルせざるを得なかった。今年も同日に京都での講演依頼があったのだが、先約あり、とあっさり断って合宿を優先させたのである。
この合宿、毎年決めていることがある。秘湯の宿で開催するのだ。もちろん、私がスタンプを稼ぎたいという下心はあるが、やはり、ネットワークから遠ざかるという意味が大きい。いつでもどこでも、検索さえすればOKという世界から、一瞬でいいから抜けたくなる。で、ひたすら、語り合う。温泉合宿はわたしの原点だ。で、今回、ついに秘湯スタンプ10泊目!思い出の満山荘から2年と3ヶ月で達成だ。
松之山温泉 凌雲閣は、築70年の立派な木造3階建てだ。それぞれの部屋の天井、欄間、障子には、細かい細工がしてあって、一部屋ひとへやが、芸術品のようである。温泉はものすごく塩辛い。こんな山奥なのに不思議だが、これも新潟の面白さだ。私の感覚では、一番小さな家族風呂が、もっとも湯質がよかった。ただし、かなり熱めなのと、塩湯のおかげで、まったく冷めない!!!!いつまでも暑くてこまった。ここは冬のほうがいいかもしれない。
料理もなかなか素晴らしい。でも、ちょっと多すぎるかなあ。きのこ系や、岩梨のゼリー寄せなど、珍しい山の味もあった。雪のときにも、訪ねてみたい宿である。
いわき湯本温泉へ初めて行く
先週、いわきで仕事があり、せっかくなので湯本に泊まった。福島の温泉は、飯坂や高湯には何度か行ったが、浜通りと呼ばれる海側は初めてである。
本郷から乗り換え案内を調べると、特急列車は全て「上野から」の連絡になるので、おかしいなあと思っていた。これは上野駅で氷解する。「なんだ、上野発なのか」鉄子らしくもない。フレッシュひたちは、なんとなくレトロだ。
車窓からの風景がなんとなくインパクトに欠ける。ま、穏やかな日本の風景で、自己主張の強くない土地柄なのかもしれない。偕楽園はきれいそだなあ。いわき湯本の駅に着いた。駅前にはたくさんタクシーが止まっているし、高校生を迎えにきた車でごった返している。おやおや、なかなか賑わっているじゃないか。
と思ったが、宿まで歩きだして思う。う〜む、やっぱり飯坂と同じだ。商店街としては寂しい。いくつかは、がんばっているお店もあるようで、街歩きのマップを店頭に置いてある和菓子やなどもあり、頼もしい。宿は今回、ネットでとった柏という旅館である。源泉かけ流しで、あわびの踊り焼きがついて一万円という価格に惹かれて決めた。確かにお湯はよかった。だが、平日のせいか、私の他は一組で、カウンターで飲んでいても、なんとも寂しい。仲居さんについ、話しかけてしまう。
「週末だと、ハワイアンに行くお客さんも多いので、お食事してからショウを見に行かれるのをお送りしたりしますよ。」
な〜るほど。ハワイアンとは共存共栄なのか。それも悪くないかも。でも、せっかくいい湯なのになあ。もっと地元の良さを売りにすればいいのに。食事も、美味しくはあるのだが、地産地消の観点からはどうかなあ。デザートにグレープフルーツやパイナップルが出るのは悪くはないが、せっかくならフルーツ王国福島らしい何かが欲しいかも。
それは翌日、野口雨情の童謡記念館に行ったときも感じた。レトロな元銀行の建物を改装して、展示室や図書室にしてある。いろんなイベントも開催されるそうだ。けっこう楽しげなのに、やっぱりお客さん少ないなあ。
街中の足湯では地元のおじさんおばさんが、楽しげに会話している。私もまぜてもらった。ストローを上手に切って作った動物のおもちゃで盛り上がる。私は黄色いイセエビ!をいただいた。うまいものだなあ。いい街だ。
駅前の観光案内所のおにいさんは、大変詳しかった。どの宿が何に強いか、正確に知ってガイドしてくれる。今度はここに電話してから宿を決めよう。湯本の歴史も伺った。なんと、開湯は九二七年で、道後、有馬と並んで、日本の三古泉というではないか。そんなに古くからある名湯だったのか。しかし悲しい歴史もあるらしい。明治時代、炭鉱がさかんだったころ、一度温泉が枯渇したそうだ。というか、坑内に出るお湯を温泉地に流さず捨ててしまっていたらしい。もったいない話だ。街の中には、温泉を祀った神社もあり、歴史を感じる。
東京からそれほど遠くないし、一泊にちょうどいい距離なので、もっと栄えてよい街だと思う。再生を期待する。
本郷から乗り換え案内を調べると、特急列車は全て「上野から」の連絡になるので、おかしいなあと思っていた。これは上野駅で氷解する。「なんだ、上野発なのか」鉄子らしくもない。フレッシュひたちは、なんとなくレトロだ。
車窓からの風景がなんとなくインパクトに欠ける。ま、穏やかな日本の風景で、自己主張の強くない土地柄なのかもしれない。偕楽園はきれいそだなあ。いわき湯本の駅に着いた。駅前にはたくさんタクシーが止まっているし、高校生を迎えにきた車でごった返している。おやおや、なかなか賑わっているじゃないか。
と思ったが、宿まで歩きだして思う。う〜む、やっぱり飯坂と同じだ。商店街としては寂しい。いくつかは、がんばっているお店もあるようで、街歩きのマップを店頭に置いてある和菓子やなどもあり、頼もしい。宿は今回、ネットでとった柏という旅館である。源泉かけ流しで、あわびの踊り焼きがついて一万円という価格に惹かれて決めた。確かにお湯はよかった。だが、平日のせいか、私の他は一組で、カウンターで飲んでいても、なんとも寂しい。仲居さんについ、話しかけてしまう。
「週末だと、ハワイアンに行くお客さんも多いので、お食事してからショウを見に行かれるのをお送りしたりしますよ。」
な〜るほど。ハワイアンとは共存共栄なのか。それも悪くないかも。でも、せっかくいい湯なのになあ。もっと地元の良さを売りにすればいいのに。食事も、美味しくはあるのだが、地産地消の観点からはどうかなあ。デザートにグレープフルーツやパイナップルが出るのは悪くはないが、せっかくならフルーツ王国福島らしい何かが欲しいかも。
それは翌日、野口雨情の童謡記念館に行ったときも感じた。レトロな元銀行の建物を改装して、展示室や図書室にしてある。いろんなイベントも開催されるそうだ。けっこう楽しげなのに、やっぱりお客さん少ないなあ。
街中の足湯では地元のおじさんおばさんが、楽しげに会話している。私もまぜてもらった。ストローを上手に切って作った動物のおもちゃで盛り上がる。私は黄色いイセエビ!をいただいた。うまいものだなあ。いい街だ。
駅前の観光案内所のおにいさんは、大変詳しかった。どの宿が何に強いか、正確に知ってガイドしてくれる。今度はここに電話してから宿を決めよう。湯本の歴史も伺った。なんと、開湯は九二七年で、道後、有馬と並んで、日本の三古泉というではないか。そんなに古くからある名湯だったのか。しかし悲しい歴史もあるらしい。明治時代、炭鉱がさかんだったころ、一度温泉が枯渇したそうだ。というか、坑内に出るお湯を温泉地に流さず捨ててしまっていたらしい。もったいない話だ。街の中には、温泉を祀った神社もあり、歴史を感じる。
東京からそれほど遠くないし、一泊にちょうどいい距離なので、もっと栄えてよい街だと思う。再生を期待する。

